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南武線・登戸〜中野島
地図
OpenStreetMapで登戸駅から中野島駅までを見る。
南武線の前身である南武鉄道は昭和2年(1927年)3月に川崎〜登戸間で開業し、同じ年の11月には大丸(おおまる)まで延伸開業している。中野島は延伸時に開業した駅の一つだ。
踏切番号の欠番から考えると少なくとも2つの廃踏切があるが、名前の残っていない踏切が他にも複数あったようだ。
今回は、中野島駅に多摩川から砂利を運んでいた中野島砂利線の踏切跡についても見ていこう。
下河原踏切
登戸駅の立川寄り、小田急線高架の西側にある下河原(しもがわら)踏切。踏切番号はNo.33。
向ヶ丘遊園駅から多摩沿線道路に向かって通り抜ける道になっており交通量が多い。
このページの写真はすべて2025/12/15撮影。
踏切跡
そこから立川方向に進んでいくと、登戸第一公園の南に線路南北に道路が通る場所がある。全国Q地図の東京都3千分の1地図(1959〜1960年)を見ると、ここに踏切が描かれている。
登戸第一橋梁
そのすぐ西側にある登戸第一橋梁。前記の地図では橋梁東側(写真左)に踏切が描かれている。
世田谷通り
南武線の上を世田谷通りの登戸陸橋が越えていく。
手前に見える切断された陸橋は1957年に完成したもので、これを拡幅して架け替えるため先行して奥の上り線が2022年に開通、下り線となる旧陸橋の解体が始まったところで両側の橋桁の構造が想定と異なっていたため工事が一時中断しているのだそうだ。
当初予定では2028年供用開始となっていたが、現時点では工事再開の目処は立っていない。今のところ上り線を上下方向で使用している状態が続いている。
河原第一踏切
登戸陸橋西側の河原(かわはら)第一踏切。踏切番号はNo.34。
陸橋に登らず多摩沿線道路などと行き来する車が多く、ここも交通量が多い。
河原第二踏切?
南武線はやや北寄りにカーブしていくが、そこに向かって北側から線路脇に向かう細道があり写真奥に踏切があったようだ。
踏切跡
細道が突き当たって線路から離れていくところで線路側を見ると、反対側に行き止まりの空間が見えるがここはマンションの駐車場で南側の道路はもうひとつ右側の空間だったようにも見える。
河原第三踏切
河原第三踏切(No.35)は車両通行止めとなっている。
カリタス第一踏切?
そのすぐ近く、北側から側溝が線路に向かっていく場所。前記の地図ではここに踏切が描かれており、カリタス第一踏切であったと思われる。
ガードレール
線路の反対側から見ると、踏切跡だけなぜかガードレールがついている。
カリタス第二踏切
カタカナで始まるのが珍しいカリタス第二踏切(No.36)。踏切名は北側にあるカトリック学校カリタス学園に由来している。
踏切全景
とはいえ、カリタス第二踏切のすぐ北側には農地が広がっており、踏切を渡っても農地を勝手に通り抜けていくことはできないようだ。
カリタス第三踏切
カリタス第三踏切(No.37)の北側(写真奥)にカリタス学園の校舎がある。
痕跡がない
カリタス第三踏切のすぐ西側、写真の店舗付近に西寄りにカーブしていく南武線に向かう道があったはずなのだが、何も痕跡は残っていない。
南側
反対側(南側)に回ってみると行き止まりの道の途中で線路に出るが、北側に痕跡がないのがわかる。
砂利線
北側に戻って中野島駅方向に進んだところに、一軒だけ壁が斜めになっているように見える建物がある。写真ではわかりにくいが建物は道路に対して斜めに建っており、かつては中野島駅から北に分かれた中野島砂利線(中野島砂利採取線)がこのあたりで道路を渡っていた。
中野島砂利線は昭和30年代初めには廃止されていたようで、前記の地図には痕跡しか残っていない。
また、国土地理院Webサイトの昭和22年空中写真(米軍撮影)では現役時代の砂利線を見ることができる。
カーブ
砂利線はカリタス小学校の敷地を通っているが、敷地北側に微妙にカーブしている路盤跡が残っている。
踏切跡
カーブの先にある交差点を西側から見たところ。ここに砂利線の踏切があったと思われる。
マンション
砂利線の路盤跡は途中で失われているが、多摩堤手前のマンション脇あたりに踏切があったと思われる。
多摩沿線道路
多摩川堤防の下を通る多摩沿線道路。写真中央付近を砂利線が横断していて踏切があったはずだが、痕跡は見当たらない。
砂利線は多摩川河川敷で左右に分かれ、上流側と下流側で砂利採取が行われていた。
中野島の渡し
上流側の砂利線末端付近には多摩川の両岸を渡船で結ぶ「中野島の渡し」があった。
明治18年(1855年)に開設され往来だけでなく野菜の出荷などにも使われていたそうだが、昭和10年代中頃に廃止されたという。
(参考:川崎市「多摩川の渡し場跡の碑」)
三谷踏切
南武線に戻って砂利線が分岐していたあたりにある三谷(さんや)踏切(No.38)。
水路跡
前記の地図(東京都3千分の1地図)には、三谷踏切の西側にもうひとつ踏切が描かれているのだが現在の位置はよくわからない。
写真左側には水路があって線路の下をくぐっているが、踏切はもう少し東(右)側にあったようだ。
ホーム
中野島駅下りホームに突き当たって右に曲がる道路があるが、ここに踏切があった。中野島駅西側の踏切は中野島第二踏切となっているので、ここが中野島第一踏切だったのかもしれない。
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