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谷戸川下流の水路敷群(岡本静嘉堂緑地〜砧公園)
地図
OpenStreetMapで岡本周辺を見る。
谷戸川(やとがわ)は多摩川の支流である丸子川(六郷用水)に岡本静嘉堂緑地で合流する世田谷区の川で、合流点から砧公園までは河川法適用外の公共溝渠として川筋を遡っていくことができる。
丸子川は自然河川ではなく旧六郷用水の下流部分で、谷戸川は古くは二子玉川方向へ流れ、現在の谷川緑道を流れて多摩川へ注いでいた。
今回は近辺の支流を見ながら砧公園の南側を走る東名高速道路まで行ってみよう。
静嘉堂文庫バス停
まずは谷戸川の東側にある丸子川の支流を見ておこう。
丸子川の下山橋から北、大蔵通りにある静嘉堂文庫バス停の向こうに見えるのが瀬田四丁目旧小坂緑地。
道路左側の歩道部分に支流末端部があったようで、地籍図では緑地の方ではなく道路が曲がっていく左側に水路敷が描かれている。
ここからの写真は2025/2/14撮影。
小坂緑地
瀬田四丁目旧小坂緑地は信濃毎日新聞社長や衆議院議員などを務めた小坂順造の別邸跡で、国分寺崖線の上にある旧小坂家住宅は区指定有形文化財となっている。
写真の庚申塔は玉川四丁目から移設されたもので、手前はあまり見かけない一猿像庚申塔で元禄2年(1689年)の造立、奥の方は状態の良い青面金剛庚申塔で宝永5年(1708年)造立という。
湧水と小川
緑地内を流れる小川は崖下の湧水から始まっている。
合流
さて、下山橋の西側にある谷戸川の合流を見る。左からまっすぐ流れてくる丸子川に対して、大きく曲がりながら谷戸川が合流している。
ここからの写真は2025/3/10撮影。
静嘉堂
谷戸川右岸側にあるのが世田谷区の岡本静嘉堂緑地と、公益財団法人静嘉堂が運営している静嘉堂文庫。その入口にかかる紅葉橋を見たところ
静嘉堂は三菱財閥の岩崎弥之助、小弥太親子が収集した古典籍、古美術コレクションを管理しており、展示はギャラリーは丸の内にある明治生命館にあってここでは美術品保管業務などを行なっているそうだ。
周囲の旧岩崎家庭園が岡本静嘉堂緑地として公開されている。
池
振り返って左岸側の大蔵通り方向を見ると道路脇に池があるが、谷戸川につながっているのかどうかはわからない。
国土地理院Webサイトの2万正式図「世田谷」(大日本帝國陸地測量部, 1917)を見ると、この池のやや上流側に大きな池があったようだ。
石垣
岡本静嘉堂緑地側から谷戸川の上流方向を見たところ。石垣できれいに川筋が整備されている。
小川
一方、岡本静嘉堂緑地の中には、谷戸川の右岸に並走して小川が流れている。
八之橋
大蔵通りは八之橋(やのはし)で谷戸川を渡っている。
張り出し
八之橋から上流は川の左右に道路があるが、八之橋手前で右に分かれた道路の方は谷戸川に張り出して歩道が造られている。
国土地理院Webサイトの旧1万地形図「二子」(大日本帝國陸地測量部, 1940)では川筋はもう少し東側にあったように描かれているが、痕跡は見当たらない。
石畳
緑地内の小川も上流へたどっていくことができるが、水辺に近づけるようには造られていない。
上流端
小川の上流端は自然の湧き水のようでもあり、中央にある土管から人工的に水を流しているようでもある。
バス停と水道みち
谷戸川の方を上流に向かうと、岡本もみじが丘バス停が川の上に建っている。
ここは左右に水道みちが通っている場所で、実は「岡本もみじが丘」という名前が付いた施設はなく写真左側に見える丘(手前は岡本静嘉堂緑地の丘になっている)を地元でそう呼んでいたということらしい。
岡本隧道
バス停から丘に向かっていくと、水道みちが丘の下を抜けるために造られた岡本隧道の入口がある。
隧道入口
野川下流の水路敷群(吉沢橋〜鎌田橋)で紹介した下流側の出口と比べると、こちらには扁額がないがよく似た造りになっていた。
崖
反対側にも崖があるが、こちらはポンプで水を崖の上に上げ、駒沢にあった給水所まで送水していたという。
七之橋
聖ドミニコ学園交差点脇にある七之橋。右岸側の崖がだいぶ近づいてきたのがわかる。
旧流路?
七之橋から聖ドミニコ学園沿いの道路を東向きに見たところ。
旧1万地形図「二子」では、この道を谷戸川が流れていたことになるが、それらしい跡は見当たらない。
排水口
七之橋の上流側で谷戸川は右にカーブしていくが、途中の右岸側に結構な量の水が出ている排水口が見える。
岡本わきみず緑地
右岸側の崖下には結構な水量をたたえた岡本わきみず緑地があって、ここから谷戸川に水が流れ出している。
六之橋
排水口付近から上流にある六之橋を見る。
何?
ところで、六之橋から下流方向を見たところにあるこの川底の構造物は何だろう。
五之橋
次の五之橋付近で谷戸川は西向きになる。
支流?
五之橋左岸側の坂道の右側に唐突な歩道があるのだが、東京都中央図書館所蔵の「東京都北多摩郡砧村全圖」(加藤春雄/市町村全圖發行社、1932)にはこの位置に崖上から流れてくる支流が描かれている。
隙間
坂道を上っていく途中で、上流方向に水路敷のような隙間があった(地籍図では奥の土地の一部)。「砧村全圖」ではこのあたりに谷戸川の東側に沿って流れる旧流路があったように描かれており、その名残だろうか。
歩道
歩道の方はそこからさらに坂を上っていったところで南向きに曲がっている。写真奥の坂を上り切ったところで歩道は終わっているが、「砧村全圖」ではさらに西側から水路が流れてきていたように描かれている。
この高低差は自然河川らしくはないので、台地の上から流れてくる排水路であったと考える方が妥当だろうか。
四之橋
次の四之橋は片側一車線の路線バスも通る道が渡っている。
三之橋
三之橋の上流あたりに左岸側から崖が迫ってきている。
二之橋
写真奥に見えるのが二之橋。一度離れた大蔵通りが南北に谷戸川を渡っている。
手前には谷戸川の底に大きな段差が見えるが、谷戸川の途中にはところどころこのような段差があり、元はかなりの高低差で流れていたことが推測される。
庚申橋
二之橋を過ぎたところで谷戸川は北に向きを変える。
奥に見えるのは一之橋、ではなくその前にある庚申橋。
橋と庚申社
庚申橋の東側には橋名の元になった庚申社がある。
地蔵堂
庚申橋のすぐ上流、左岸側にある地蔵堂。宝暦13年(1763年)造立といい、現在でもきちんとメンテナンスされている様子がうかがえる。
一之橋
東名高速道路の手前に一之橋がある。今回はここまで。
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